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太陽光発電システム普及をめざし 独り言

2009.03.29 (日)

けだるいな でも負けないぞ 己にな

恐ろしき 世も末じゃ 言ったところで
       何になる ひ弱な心 芽吹く春

お隣の 人もそうかと 身を縮め

言い過ぎじゃ 人の心も 寒々と

雨漏り奮闘記 ・太陽光発電を推進しよう!はるかな思いで・瓦・かわら

2009.03.28 (土)

雨漏り奮闘記 ・太陽光発電を推進しよう!
はるかな思いで 瓦・かわら
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私にとって瓦は生まれたときから
そこの存在していた
瓦の中で育ち、瓦をご飯のように
意識せずとも、毎日かかわっていた。

小学校2年生のころから
学校に行く前に、むしろをひき
3年になるとかわら乾しの手伝いをさせられ
高学年になると、学校から帰ってくるのを待ってをした。
手伝いをした

高校生の時なんか
中間試験で、深夜まで勉強し
うとうとしたら、母が
「芳雄・起きろ」「雨が降ってきた」
眠い目を無理やり覚まし
洋服を着て
階下に降り、雨の中を、乾燥しきれない
白い白地を、
急いでかたずけた。

それが自分の中で
当然のように、日常茶飯事に
起きていた

でも母を恨んだことはない
父に亡きあと、自分がここまで来られたのは
気丈な母と
24違いに兄のおかげかもしれない

そして、何よりも父熊太郎の
遺伝子を色濃く受け継いだような気がする

それが、今の幸せを
形作っているのかも知れない
そんな自分だから
サラリーマンになろうが
どこに旅しても
瓦が私の心の中に
潜在意識として潜んでいたのだろう

どんな時でも、意識せず
瓦に写真を撮っていたのだろう

まさか今になって40年、50年前から撮っていたとは
それが遺伝子なのかも知れない。
父熊太郎に感謝して

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昭和30年代の土瓦の「立て懸け」という乾燥方法
この子供たちも50代後半になったでしょう。

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瓦の庭干し

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日本瓦ではタブーと言われているドーム屋根

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瓦の美 蘇州瓦

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瓦の美 紅葉と瓦

太陽光発電を推進しよう!アフリカ・ケニアの旅・完

2009.03.27 (金)

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太陽光発電を推進しよう!アフリカ・ケニアの旅・完

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巨大モールのスキー場風景

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イスラム寺院のモスク

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巨大モールの風景

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アラビヤンナイト世界・・・不思議なランプかわらアラジンが
出てきそうな素敵なお土産

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戦争反対のポスターの前で
苦しむのはいつも子供達です。
日本の平和は素晴らしいです。
戦争孤児は悲惨です。この平和がいつまでも続きますように。

太陽光発電を推進しよう!アフリカ・ケニアの旅・完

2009.03.27 (金)

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太陽光発電を推進しよう!アフリカ・ケニアの旅・完

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7つ星ホテルのバージル・アル・アラブホテル

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アラビア海に浮かぶ巨大ヨット・バージル・アル・アラブホテル
3つのヘリポートよりVIPはホテルに入る

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かって砂漠の荒涼とした風景はみじんも見つけられないベイ・エリア

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ゆったりと流れゆく時間を過ごすカップル・・・・アラビア海

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砂漠の民ヴェトウインの生活をあらわしたジオラマ

ケニアの感動の大自然の旅も終り、現実の世界へ
自分の気持ちも切り替えつつ、
ナイロビ空港でハプニングが起こり
おた々とあわてる羽目になり
石油の成金の「ドバイ」観光をすることになりました。

突如の出来事でどうしょう。
予定どうり帰国できない。
会社に連絡しなくては、

原因はダブルブッキングという飛行機の定員以上の
航空券の販売だそうです。

それも北山さん一人だけ、機内積み込みにOKが出てフライト
残りの4人は居残り、
オロオロしながら待つこと3時間以上

結局次のフライトでということになり
香港の乗り継ぎができず、ドバイ1泊になってしまいました。

ぎりぎりの日程で私たちは旅行の日程を
組んでいたため、
ツアー仲間の写真家田村さんが日本に電話をかけてくれる
ことになり、ちょっと安心、だが、
剣に電話した。
剣もナイロビから国際電話ということで
びっくりして、私と電話を代わって安心し、
次のフライトでドバイに向かいました。

早朝ドバイに到着
指定のホテルに直行
軽く睡眠をとり、希望者だけ
ドバイ半日観光25,000円、皆じたばたしても
仕方ないのでバスを借り切って
灼熱の太陽と砂漠のヴェトウイン
世界の金融都市を目指して
変貌するドバイへ、バスに乗り込んだ。

ベイエリアの発展、7星ホテルのバージル・アル・アラブ
まっ白砂浜とブルーライトのアラビア海
博物館では、10年前の生活をジオラマで展示
最後はビッグモールで買い物
灼熱の太陽をものともせず、室内スキー場は
にわか成金の子供たちでごった返していた。

日本以上の光景をアラブの首長国で
これ見よがしに。すごい経済発展を見せつけられ
だが、今はアメリカ発金融危機で発展がストップ
その当時は石油の力を見せつけられた思いを
背負ってドバイを後に香港に向かった。

太陽光を推進しよう会の「 新瓦博士」

雨漏り奮闘記 太陽光発電を推進しよう!「鷲宮不動岡学友会」

2009.03.26 (木)

雨漏り奮闘記 太陽光発電を推進しよう!「鷲宮不動岡学友会」
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雨漏り奮闘記 太陽光発電を推進しよう!
「鷲宮不動岡学友会」
不動岡高校は旧制中学を含め130年の歴史のある
埼玉県有数の伝統ある高校です。

平成21年3月15日「魚光」でPM3.00より18名の
参加を得て開催。

私のアフリカ紀行のDVDのスライドショウをやり、
各自の思い思いの学生時代の想い出話しに花が咲き
ました。

私が撮影した近況の不動岡高校の写真とアフリカの講演(?)
後、皆思い思いの想い出を披露し、次回は不動岡高校で
開催を取り決めました。

恩師の中で「我等」の製作者、法元先生の話が
一番語られました。

良きにつけ、悪しきにつけ名物先生だったと
思い浮かべました。

秩父から赴任し、数多くの生徒を排出したと思っております。
また、教え子が画家・彫刻師として活躍されている
話を聞き、偉かったんだと思い出にふけりました。

太陽光を推進しよう会の「 新瓦博士」

風温む WBC連覇

2009.03.25 (水)

うれしいね 跳ね返せるね 不況風(WBC連覇)

よかったね イチロウホット 荷が下りて

挑戦だ 一郎会見 検察に(小沢一郎 検察と対立)

大変だ 言った手前の 重み増し(10年早い!)

サムライも 武蔵の如く なりたいね(無敗)

スーパーも あやかりたいと セールやり(優勝セール)

おめでとう 口座に増えし セール待ち
  (給付金を何に使おうか・・・・)

雨漏り奮闘記 風・風邪かな

2009.03.24 (火)

こりゃ怖い 風にあおられ 着地ミス
         
子育も できぬ親あり 世も果てた

ホームより ぽんと突き出し 逮捕され

風吹きて 花粉舞って 風邪をひき

彼岸過ぎ 赤子もうつる 花粉症

はらはらと 監督までが 汗握る(原監督WBC)

オー寒い どこもかしこも 春嵐(不況の嵐が吹いている)

給付金 届いて妻は 何を買う

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