画像をクリックで拡大します。
入母屋屋根のお城風の蔵造りです。 
行田の光子の実家「富田家」の近所にあった
蔵つくりのお住まいです。
軒先がお城と同じつくりの
雨だれ除けの波状つくりです。

お茶のおばさんにどなたの家ですかと
尋ねたところ、自分の家とのことでした。
びっくりいたしました。

かっての足袋が全盛期だったころ
いろいろな商売は、経済のサイクルの中で
潤っていたんですね。

名もなき足袋蔵ですが、絵になりますよ 
行田の蔵は、川越や真岡の商家作りの蔵と違って、街道沿いに
軒を連ねていない分、とっても地味な蔵なのです。

でも、江戸から昭和にかけて、数多くの蔵が立てられ、
日本一の足袋の生産を誇ったのです。

隣の羽生市の被服は、生産するとこらから問屋さんが買い付けに来たのです。

そのような関係で、収納する期間が見近かったため、
蔵を必要としなかったのです。

足袋の需要期はみ近く、11月ごろから4月上旬まででした。
不需要期は、ひたすら生産したのです。

需要期になって、日本全国の足袋問屋さんが、
買い付けに走ったのです。

瓦の需要・不需要期と重なっています。
瓦は腐らないし、多少誇りになっても、価値が下がりません。

生産者としてはとっても都合の良い商品でした。

P1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 P9 P10 P11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P19 P20 P21 P22 P23 P24 P25 P26 P27 P28 P29 P30 P31 P32 P33 P34 P35 P36 P37 P38 P39 P40 P41 P42 P43 P44 P45 P46 P47 P48 P49 P50 P51 P52 P53 P54 P55 P56 P57 P58 P59 P60 P61 P62 P63 P64 P65 P66 P67 P68 P69 P70 P71 P72 P73 P74 P75 P76 P77 P78 P79 P80 P81 P82 P83 P84 P85 P86 P87 P88 P89 P90 P91 P92 P93 P94 P95 P96 P97 P98 P99 P100 P101 P102 P103 P104 P105 P106 P107 P108 P109 P110 P111 P112 P113 P114 P115 P116 P117 P118 P119 P120 P121 P122 P123 P124 P125 P126 P127 P128 P129 P130 P131 P132 P133 P134 P135 P136 P137 P138 P139 P140 P141 P142 P143 P144 P145 P146
[編集]
CGI-design