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煉瓦つくりの凄い足袋蔵ですね。 
この蔵は、銘文が入っておりました。「大沢蔵」と書いてありました。
行田の足袋蔵の中でも、富の集中を象徴しております。

この蔵も、関東大震災をくぐってきたのでしょうね。
行田の方は、それとも、相模湾を震源地としたため、
この久喜市に比べて、震災の影響が少なかったのかな。

浅草の12階、また、東京府の多くの建物が
煉瓦つくりでできていたが、
震災で被害を受け、煉瓦が衰退し、
深谷市の渋沢栄一が経営に携わった
あのホフマン窯、古河市野木のホフマン窯
久喜市の煉瓦工場も関東大震災を境にして
衰退したのです。

それにしても、大沢蔵は煉瓦つくりですごいですね。
煉瓦ってことは、この蔵は明治の末期から、
大正時代に建てられたんでしょう。

行田の足袋を支えた足袋工場 
日本一を誇った行田の足袋も、今は使用価値さえ見当たらない
このような、瓦屋根に日本下見の工場に
何十人の行田近在から泊まり込みで来た
女工さんたちで、行田の足袋は日本一を
誇ったのです。

この工場も、この建物に彼女たちの
悲喜こもごもの思い出が詰め込まれております。
しかし、近い将来、取り壊しの運命あります。
その前に、と思い撮影いたしました。

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