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行田市の足袋蔵 
足袋といえば行田、行田といえば足袋。
そんな時代も、昭和33年ごろから
足袋から靴下になってきた。

靴下になって羽生市などが台頭してきたが、
しかし、被服関係の産業は
外国、特に東南アジアの零細被服産業に
とってかわられるに、何年もかからなかった。

昭和42年3月海外旅行が一般化してないときに
私は韓国旅行にダグラス10でソウルに行った。

その時の人々は、グンゼ、兼松工商などの企業戦士が多かった。
そして、行田、羽生などの被服の町はどんどんすたれていった。

埼玉銘菓 十万石本店の蔵 
皆さんがご存知の「うますぎる」の包装紙で
有名な十万石の本店も、蔵つくりである。

元は現在の国道125線の沿線でなく、
離れたところにあった足袋蔵を曳家さんが
引いて現在の位置に店舗として
格式高そうに見せています。

でも、行田市には足袋の生産が盛んだった頃
足袋は冬に多くが使われた為に
年中生産でも、日本全国の80%の生産を賄っていたといわれます。

前回でも、書きましたが木綿と藍と麻の生産地が
近隣近在に多くありました物ですから
行田の足袋が日本中に販売されたものと
思われます。


たかが屋根、されど蔵の屋根は
瓦ときっても切り離せません。

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