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雛祭りが終わりました。春が待ち遠しいですね。 
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屋根リフォーム・屋根雨漏り修理の名人『埼玉の瓦屋さんのおっさん』です。

自宅に前の青毛掘りの土手の河津桜が花をつけてきました。
瓦を造る原土は寒い冬と、バクテリアの繁殖する梅雨の間に、自然が造ってくれるのです。
寒い冬は、原土置き場に山と妻tレストランた土は、冬の寒さで、凍って凍ての現象を起こし、きめ細かく自然界で砕かれるのです。

そして、その砕かれた原土は長い梅雨の間の、高温多湿の気候で、バクテリアが繁殖して、納豆やお酒などと同じように、原土が自然界の中で、醸成され、くせのない良い原土の変化していくのです。

この過程の中で、よい土から、よい瓦が焼成されるのです。

3月3日は雛祭り、昔は紙で作られた人型の流し雛が源流で、平安時代ごろ今のひな人形の形態に映っていったらしいです。

鷲宮神社の神事に7月31日の輪くぐりと合わせた流し雛の神事があります。
神主が馬を引き連れ、氏子たちに名前を書いた人型の紙の来な人形を、悪霊、病気、呪いを人型の人形と一緒に河西用水に祝詞をあげながら、流すしきたりが久喜市鷲宮のラキスタ神社「鷲宮神社」に無形文化財として、受け継がれております。
参拝方々、一度おいで下さい。

屋根リフォームのご相談は、埼玉県瓦工事組合連合会に
連絡先は埼玉県久喜市
FD 0120-58-9901 


沖縄にも戦いの城があった。 
沖縄のお城と言うと首里城しか思い起こさないでしょう。
沖縄の民は、戦いをやめ、日本と中国の中間貿易で栄え、踊り歌謡で国の平和を保ったのです。

首里城は琉球統一の政治の中心であり、行政の中心としての城の性質か色濃いのです。
ある時は、中国皇帝の使節団の冊封使節団のお迎えの場所であり、薩摩藩の施設のお向かえ場所だったんです。

沖縄も、3つの小国家に分かれ、群雄割拠の時代には、グスクと呼ばれる戦いのお城も存在したのです。
日本のお城と違い、石垣は野面罪と言われて、自然石を巧みに使う城だったのです。
今は、お城そのものはなく、城跡の実が残る城跡公園です。
屋根は、竹富島などに残る赤瓦だったんでしょう。
ただ、沖縄は台風の影響を受けやすく、屋根が傷みやすかったことでしょう。

埼玉の屋根屋のおやじさんですよ。


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